共鳴社会 第六章
共鳴社会(最終完成版)
人類は長い歴史の中で、多くの制度を作ってきました。
国家
教育
経済
宗教
それらは、人が社会の中で生きるための仕組みでした。
しかし現代社会では、ある問題が大きくなり続けています。
それは 分断 です。
人は
国家
宗教
文化
経済
さまざまな境界の中で分かれています。
そして分断が生まれるとき、そこには必ず 暴力 があります。
競争
排除
支配
戦争
暴力の形はさまざまですが、分断の背後には必ず暴力が存在します。
そして重要なことがあります。
暴力と分断は、私たちの歴史や未来から完全に消えるものではありません。
人類は長い歴史の中で、暴力と共に生きてきました。
だからこそ分断も、完全には消えません。
しかし、それでも 道はあります。
分断を力で消すことはできません。
制度だけで解決することもできません。
なぜなら分断は、人間の生き方の中から生まれるからです。
だからこそ必要なのは、制度を変えることではなく 暮らしを変えることです。
人は暮らしの中でしか変わりません。
そして身体知が暮らしの中でしか育たないように、社会もまた暮らしの中から生まれます。
人が共鳴の中で生きるとき、そこには新しい社会の可能性が現れます。
これを共鳴社会と呼びます。
共鳴社会とは、全員が同じになる社会ではありません。
むしろ違いが存在する社会です。
しかしその違いは、分断にはなりません。
なぜならそこには 関係 があるからです。
人は関係の中で生きています。
自然との関係
動物との関係
人との関係
関係が生きているとき、分断は固定されません。
関係が切れるとき、分断は強くなります。
だからこそ私たちは、暮らしの中にもう一度 関係 を取り戻す必要があります。
牧場は、そのための一つの場所です。
自然
命
動物(人)
それらが関係の中で生きるとき、そこに 風土 が生まれます。
その風土の中で、人は身体知を取り戻し、共鳴の中で生き始めます。
そしてその暮らしが、巡礼という形で広がっていきます。
一つの牧場から、また別の牧場へ。
人は巡りながら、生き方を触れ直します。
この巡りは、静かに広がっていきます。
それは革命ではありません。
ゆっくりとした変化です。
しかしその変化は、確実に社会の姿を変えていきます。
人が変わるとき、社会もまた変わるからです。
共鳴は、人間だけの現象ではありません。
自然の中にもあります。
命の中にもあります。
動物の中にもあります。
そして人の暮らしの中にもあります。
この巡りの中で、もう一つ重要な存在があります。
それが 種 です。
種とは、未来の可能性です。
人は教えられて変わるのではありません。
風が巡り
土が整えるとき
その風土の中で、種は芽吹きます。
芽吹いた種は、やがて
風となり
土となり
また新しい風土を生み出します。
社会もまた同じです。
制度によって社会が作られるのではありません。
人の暮らしの中で芽吹いた種が、少しずつ社会の形を変えていきます。
その姿は、まだ決まっていません。
どのような社会になるのか。
それは、これから生きる人たちの暮らしの中で、少しずつ形になっていくものです。
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