共鳴社会1

共鳴社会 第一章

徒弟制度という人類の知恵

人類は長い歴史の中で、一つの教育の形を持っていました。

それが、徒弟制度です。

徒弟制度は、学校のような教育制度ではありませんでした。

そこには、教室も、カリキュラムも、試験も、評価もありませんでした。

しかし、それでも人は確実に育っていました。

職人は技術を身につけ、農民は土地を扱う知恵を身につけ、商人は仕事の感覚を身につけていきました。

そして、それだけではありません。

人は、生き方、働き方、関係の持ち方、そのものを身につけていきました。

なぜ、そのようなことが可能だったのでしょうか。

それは、徒弟制度が暮らしの中で行われていたからです。

徒弟制度では、仕事と生活が分かれていませんでした。

働くことと学ぶことも、分かれていませんでした。

人は暮らしの中で働き、働きながら見て、感じて、動き、その中で少しずつ技術を身につけていきました。

そこでは、教える時間と学ぶ時間は存在しませんでした。

技術は説明によってではなく、一緒に生きる中で身体に入っていくものでした。

このとき育っていたものが、身体知です。

身体知とは、知識ではなく、身体の中に生まれる知です。

人は、見ること、触れること、動くこと、働くことを通して世界を理解していきました。

そしてその理解は、頭の中ではなく、身体の中に刻まれていきました。

だからこそ、徒弟制度は人を育てる力を持っていました。

そして、もう一つ重要な特徴があります。

それは、モチベーションが前提ではなかったということです。

現代の教育では、

・やる気

・動機

・目標

・意志

が重要だと考えられています。

しかし徒弟制度では、それらは前提ではありませんでした。

人は、やる気があるから徒弟になるのではありません。

暮らしの中に入り、その暮らしに触れ、その関係に共鳴して残るという形で徒弟になっていきました。

続くかどうかは、意志やモチベーションの問題ではありません。

その暮らしに共鳴して、居続けてしまうかどうかという問題でした。

この点は、現代の教育と根本的に違っています。

しかし、徒弟制度には問題もありました。

そこには

・支配

・搾取

・暴力

が入り込むこともありました。

弟子は自由に出入りできる存在ではなく、長い時間、強い上下関係の中に置かれることもありました。

徒弟制度の問題は、徒弟制度そのものではありません。

人間の権力構造が入り込んだことでした。

そのため近代社会の中で、徒弟制度は多くの場所で消えていきました。

学校が生まれ、教育制度が整備され、人は学校で学び、社会で働くという形へと移行していきました。

しかしその結果、一つの問題が生まれました。

それは、暮らしの中で身体知が育つ構造が失われてしまったことです。

人は知識を学ぶようになりましたが、身体を通して世界を理解する力は弱くなっていきました。

そして今、人は多くの知識を持ちながらも、

生き方を見失い

関係を失い

孤独の中に置かれる

という状況に直面しています。

だからこそ今、必要なのは旧来の徒弟制度を復活させることではありません。

必要なのは、新しい徒弟制度です。

それは、支配でも教育制度でもなく、暮らしの型として存在する徒弟制度です。

しかしここで、一つの根本的な問いが生まれます。

人は、どのようにして変わるのでしょうか。

もし人が意志や努力によって変わる存在ではないとすれば、

人が変わるとき、そこでは何が起きているのでしょうか。

次の章では、この問いから考えていきます。


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